『石巻チャリティLIVEと被災地の今・Day2 』

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石巻でのLIVE当日。
この日はLIVE前にどうしても行きたい場所があったので、朝から一人で行動。
先ずは震災当時ボランティアセンターが置かれ、ボランティアの僕らがテントを張る為にグランドを解放してくれていた石巻専修大学のグランドへ。
一ヶ月ほど前に天国へ旅立ったティナと、毎日一緒に散歩した旧北上川に散骨して来ました。

津波が到達しなかったここは当時も現在もほとんど変ってなく、ティナと歩いた場所がただただ懐かしかった。
(写真左が7年前で当時6歳のティナ、写真右が現在)
1人でこの土手を歩くのは寂しかったが、何だかこの日は久しぶりにティナと一緒に歩いてる気がした。

当時の被災地では匂いと粉塵が酷く、サングラスとマスクは作業中も移動中も必須アイテムだったので、僕は下の写真のような風貌になってしまい第一印象が怖い人だと思われがちでした。

一日の始まりは毎朝ボランティアセンターの受付に行きその日のニーズを拾い、その現場の規模や作業内容に合わせ人数が足りない場合、受付に集まってる初対面の人達に声を掛けスカウトするのだが、この風貌の僕一人だと警戒され、中には後ずさりする人も居た中、横で愛嬌を振りまいてくれるティナの効果は絶大で、お陰で初対面の人や初ボランティアで緊張してる人達とも直ぐに打解けられました。

また、家族や家と一緒に愛犬を亡くしてしまい、避難所でも窮屈な生活を強いられていた被災者達とスキンシップで癒したり、過酷な作業で疲れてる自衛隊やボランティアを癒したり、ティナはチームの一員として僕には出来ない活躍をしてくれてました。

ティナと一緒に生活する為に数ヶ月間も大型テントを張っていたため、そこにはテントの形に芝生が剥げてしまってたが、今は元通りの綺麗な芝生のグランドに。

水道、電気、ガスなどライフラインが全く無いテント生活は不便ながらも、ティナや仲間と過ごした懐かしい場所であり、不便だからこそ知恵を出し合い工夫して暮らした石巻での半年間が、今の生活、生き方の原点にもなっているので、自分にとっては人生が180度変った本当に大切な場所です。

そして次に向かったのは日和山公園。
ここは多くの人が避難して助かった場所。

IMG_0778今は広大な空き地に工場施設だけが点在してるが、かつては住宅、学校、スーパー、病院などが密集し多くの人々が暮らし多くの営みがあった街でした。それがあの日たった数時間で全て流された。

日和山公園の下の門脇地区を車で走ると、今もほんの短時間で車は粉塵だらけ。
もうこの地域には人は住めないらしい。
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7年ぶりの石巻の現状を見て廻り、色々な事を思いながらライブハウスに戻ると、いつものように北は北海道から南は九州まで日本全国から沢山のファンが石巻に集まってくれていた。

そして迎えた石巻チャリティライブ本番。
一曲一曲にいつもとは違う色々な想いを込めて演奏しました。
夜の部ではMC で僕が被災地で経験したこと、今想う事を少し伝えさせてもらうことも出来た。

今回のLIVEはチケットの売り上げ、チャリティオークションの売り上げなどを被災地の子供達の元に届けられるということで、多くの人達の想いと善意が集まり意味あるLIVEになったと思います。

復興途中の石巻にお金以外に何が届けられたのか自分では良く分からないが、
今回LIVEをきっかけに200人の人が石巻に来て泊まり、食事をし、LIVEを楽しみ、お土産を買い、それぞれが自分の目で見て色々な事を感じて日本中に帰っていった事が、被災地だけではなくそれぞれの今後に繋がる大切な事なのかなと思います。

日本に住んでる限り明日は誰が被災者になってもおかしくない。その時に1人でも多く生き延びて欲しいと、日本全国から集まった笑顔を見て思いました。

 

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